最初からずばりお答えします。

「恐怖とは自分が自分をコントロールできない恐れ」

が、ほとんどなんですね。

例えば大勢の人の輪が怖いとしましょう。

大勢の人の輪の中に入ると思うだけで、

体の内側からなんとも言えないゾゾゾ〜〜〜という体感がわき起こります。

このゾゾゾ〜〜〜に「恐怖」と名付けておりますが、

そもそもこのゾゾゾ〜〜〜は、

生命を維持ための大切な非常ベルで、

「あの大勢の輪にいるボスにいじめられるぞ。今のうちに逃げておいた方がいいよ」というお知らせです。

大切な非常ベルなのに、

この体から去ってくれない恐怖という名のゾゾゾ〜〜〜と今度は戦おうとするんです。

この非常ベルを無視して、

大勢の輪の中に入るとしましょう。

さらに非常ベルは大きくなります。ゾゾゾゾゾゾゾゾゾ〜〜〜。

そして、もしボスにいじめられた事を想像しちゃって、

さらに非常ベルがどんどん大きくなります。

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ〜〜〜〜。

そのうち、

このゾゾゾゾゾゾゾ〜の非常ベルをコントロールしようとしてしまいます。

これは自分の影を相手にケンカ売っているのと似ています。

このゾゾゾゾゾ〜〜〜減らそうとして戦いはじめます。

しかし影と戦っても、勝ち目はないですよね?

では、本物のコントロールできない恐れって何でしょう?

非常ベルを鳴らしている元々の原因である、

「もしボスにいじめられたら、自分は自分でその状況をコントロールできない」という恐れです。

もしボスにいじめられたら、

ボスをやり込める程私は頭よくないし、、、、、

ボスの言葉の暴力でやられ立ち上がれなくなるかもしれないし、、、、

ボスに無視されたら、自分なんて役に立たない人間だと思いそうで、、、、、

ボスという原因で

自分が谷底に落ちてしまい、

「そこから這い上がれなくなる恐れ」です。

「這い上がれなくなったら、自分は孤独になる恐れ」です。

もしゾゾゾ〜という非常ベルが鳴っても、

嫌だな、、ボスがいるよ。

ボスの言葉ってめっちゃ傷つくし、人生のどん底まで落ちちゃうくらい最悪。

でも、

サポートしてくれく仲間に助けを求める事ができる自分がいる。

ボスの話しを少しでも聞いてやるボランティア活動だって思えるプラス思考の自分がいる。

いずれは自分のココロは復活復活するよという経験からの安心感がある。

このように思えたらどうでしょう?

恐怖心(ゾゾゾ〜)は生存本能ですからこれをコントロールするのは

なかなか難しいのですが、

「過度に」恐怖を感じてしまうことは避けることがでるのではないでょしうか?

では、自分で自分をコントロールできない恐れはどこからくるのでしょうか?

それは、小さい頃に傷ついたココロの記憶から、

自分のセルフイメージがゆがめられて、

自分そのものの価値が下がってしまうところからです。

これをインナーチャイルドと言います。

このような記憶はありませんか?

怒られてとっても怖い。

怒られるといつも外に出されてしまう。

「もしかしたらお母さんに捨てられる?」

「私は悪い子だから絶対に許してもらえない」

二度とこんな思いはしたくないから、お母さんにやたら気を使う子になる。

でもまた怒られて外に出される。この状況は変化しない、、、、、。

何をやってもどんなことをしても変わらない、、、、、。

さぁ、恐怖がテーマになっているあなた。

まずは、自分は「何がコントロールできなくなることが恐怖なの?」と

自分に問いてみましょう。

そこからインナーチャイルドの癒しの解決がはじまります。

癒すだけじゃない行動が変わる「未来創造メソッド」

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